NPO法人 リヨン・横浜交流会
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リヨンの歴史
 

リヨンは、国内の要衝である。パリとイタリアを結ぶ南北の線とジュラ・アルプス山系と中央山岳地帯を結ぶ東西線のちょうど交差点に位置する。こうした地理的条件により経済的・文化的発展をしていった。

 

 ローマ時代以前

 
ガリア人が共同体をつくり生活。
 ガリアの宗教ドルドイ教の中心地。
古代ローマ劇場

 

 ローマ時代(紀元前509〜紀元479)

紀元43年 ローヌ川とソーヌ川の合流点の西側にあるフルヴィエールの丘に、カエサルがローマ植民都市ルグドゥヌム(リヨンの古名)を建設する。
紀元2世紀  キリスト教の発展とともにフランス最古の教会が建つ。
461年  ゲルマン民族ブルクント族の王国、ブルクント王国の最初の首都となる。

 
 
 

 

 

 中世(367〜1453)
 キリスト教勢力の支配。


サン・ジャン教会
1165年 サン・ジャン教会(現存)建築。
1245年 第一回リヨン公会議。
1274年  第二回リヨン公会議。
1307年 カペー王朝フィリップ4世時にフランス王国に併合される。

  


 ルネサンス期
 15世紀以降、北イタリアとの貿易が盛んになり、まず商業、ついで絹織物工業が発展。

1420年 定期市の創設。
1464〜66年 フィレンツェのメディチ家が銀行の支店を移転する。
1473年 印刷技術伝来。フランス国内で初めてフランス語の本が出版。
1536年 リヨンに初の絹織物工房誕生。
1562年 宗教戦争の際、改革派のアドレ伯爵の軍隊がリヨンの町を占領。
1600年 サン・ジャン教会においてアンリ4世とメディチ家マリーの結婚式。

 経済力に加え、16世紀初めのフランソワ1世と王姉マルグリットの文化奨励策により、フランス・ルネサンス文化の大中心地となる。イタリアから伝えられた技術を基に王の保護下で成長した絹織物工業は農村部での養蚕や労働力と結びつきながら、印刷業とともに特殊産業として発展した。

 

 近代

1801年 ジャカード織機の発明。(⇒絹織物工業の最盛期)
1831・34年 絹織物工業の中心地であるクロワ・ルースの丘での絹織物職工の反乱。
1852年 旧リヨン郊外の自治体、ヴェーズ、ギロティエール、クロワ・ルースがリヨンに編入される。
1857年 鉄道ペラーシュ駅の建設。
1863年 クレディ・リヨネ銀行の建設。

絹織物工房



 20世紀


トラブール
1914年 第一次世界大戦。
1939年 第二次世界大戦。
1940年 ドイツ軍によるフランス占領。リヨン市議会、ローヌ県議会の解散。
1944年 ドイツ軍からリヨンが解放される。

 

 現在
 フランス第二の都市として繁栄
  - 化学繊維をはじめとする化学工業、金属工業、自動車工業を代表とする大工業都市。
  - 国際見本市などに代表される商業都市
  - 総数2万人の学生を擁する学術都市
  - ローヌ・アルプ県の行政の中心。
  - 国内有数の金融都市




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